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.MEA CULPA

 アリスは燭台と銀食器に囲まれて、饗宴の真ん中で眠っていた。空間の煌めき全てが天使の寝顔に手向けられていた。__本当に、ただ眠っているように思えた。
 

 


 計画を完遂させなければいけない。銀のナイフを添え、窪みに沿って滑らせる。溢れ出る血液があっという間にクロスを染めた。彼女の欠片を口へ運ぶ。なんと柔らかく甘美な肉だろう。これならいくらだって食べられそうだと思った_たった一瞬。


 虫唾の走るような血腥さが、体の内側で、胃の内容物全てをぶち撒けさせようと暴れていた。そんなことをしてはいけない。吐き出してはいけない。夥しい量の血が、自分たちを中心に広がっていく。青年の流した涙は赤い液溜まりに吸い込まれていった。

 


 
 自分の取り返しのつかない行いに後ろめたさを感じたとき、なんとしても自分以外の誰か、まったく無関係で非公式な陪審員の赦しというものを求めずにはいられなくなって、地べたに額を擦り付けはじめるものと、自分の意思決定によって生じた非難は全て受け入れるがよろしい、信ずるべきは己のみであり、上澄みばかり眺めるばかな連中に葛藤やそれに至るまでの複雑怪奇ないきさつなど想像すらできないのだというものがあるが、自分はというとそれらを無茶苦茶に縫い合わせて、切れ目に腐ったハギレを当てて胃酸をかけたような、不愉快な酸っぱい臭いのするぼろきれの怪物だった。
 これは僕の罪である。僕はなんとしても僕自身にそれを認めさせなくてはならない。僕の望んだことは、その耐え難い衝動は、法だ倫理だに堰き止めることはもはや不可能な悪虐だった。つまりは、仕方のないことだって?九官鳥のように自己受容を繰り返すなどまるで精神病患者ではないか!そのような状態にある人間はいくら立派な四肢を有していようが、怪物と形容するほかなかった。
それでも僕は本来善性の生まれである。どんなにつらい扱いを受けても、なるべく愛され親切で、信頼されるひとであろうとしてきた。利口に振る舞うことが好きだったのだ。僕を嘲る彼らを僕もまた嘲っていた。真の善性などというものは存在しない!
小さな友人に感じたものが肉欲であることに気づいた日の晩を思い出した。僕は僕を組織する全てがなくなるまで嘔吐した。死番虫が皮の内側を蠢いているような不快感が、こびりついて剥がれない。
かつて人であった僕の至った先は何者か?現状いっさい必要のないことだった。明瞭であることを再考察する余裕はない。つまるところ、

アリスは悪魔などではなかったのだ。

自分は狂気なのではないか?そうでなければ、なぜこんなにも残酷なことができようか?
僕の腕に赤黒い鉤爪を食い込ませ、血の泉へ浸し、鮮やかな罪で染め上げたのは、彼女に棲んだ悪魔などではなく、僕自身であった。
ミンスパイの焼ける匂いにつられた少女の脚を、底無しのウサギ穴へ滑らせたのだ。クランベリーの代わりに詰められた狡猾さに、腹を空かせた子どもが気付けるはずがない。本当は全て彼女の仕組んだことだったのではないか?そうでないとあまりに僕が浮かばれないのではないか?そんなわけがない。気でも狂ったのか?未成熟のもたらす愚鈍の何たる美しきことか!

僕は視界が歪み始めたのがわかった。フォークとナイフを捨てて僕は彼女に齧りついた。肉を食い破り、髪を引きちぎった。彼女は思っていたよりもずっと硬く、不味く、それでも、手を止めようとは思えなかった。 きっとこれは恋なのだ。アリスは僕を友人だと思っていたに違いない。それなのに、僕は本当は彼女と結婚したかったのだ。

 

 彼女がほとんど僕と一つになってから、意識は唐突に暗闇の底へ転落した。

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