I.サナトリウム
周縁に一族の権威を過剰に示さねばならなかったあの屋敷に比べれば、チェスターバロウに聳える第二の我が家は野趣に富んでいると言えよう。青年はその大部分を蔓性の植物に覆われた赤褐色の壁を見上げながらそう思った。気まぐれに吹き付ける穏やかな風がマロニエの葉を揺らし、足元に散りばめられた木漏れ日の星々がちらちらと踊った。
青年が少年期の夏を過ごしたその場所は、ほとんど何もかもがあの遠く尊い時代と違わずにいた。空間全体に満ちた独特の黴臭さはメイド頭の眉根に皺を刻ませたが、不変以上の安寧はないと考える彼には喜ばしいことだった。
ジュードが長年誰も訪れることなく放置されていた古い別荘へやってきた理由は実に普遍的だった。寄宿学校での生活を終えた上流家庭の三男坊が、次なる大学進学の準備期間を都会から離れて過ごすというだけのことである。田舎嫌いの兄たちはそうしなかったが、ジュードはできれば永久にここへ留まりたいものだと思っていた。
一時的移居の退屈な理由は表向きのもので、忌まわしき寄宿学校の黒い記憶が染み付いた土地から一刻も早く逃れたいというのが本当のところだった。どんなに望んだところで、青年がここへ居られるのはたった三ヶ月で、やがてロンドンへ戻らなくてはいけないということは決められていた。しかし青年は多くを望まず、父の決定に反抗しようとも思わなかった。一夏をこの土地で過ごし、自分自身をまっさらに療養させるのだ。その後はまたあの暗い雑音に塗れた場所で過ごさなくてはならなくても、美しく静謐な思い出を幾つも持ち帰れば、それらを心の内で見返しながらなんとかやっていけるだろう。
タウンゼント家の三男が学友らからどのような扱いを受けていたかということは周知されていたし、彼を直接知るものはその振る舞いや出立からある程度予想できる。
ジュードに女を思わせるのはその顔立ちだけではなかった。見るからに気弱で大人しく、彼の性質は一部の荒くれた学生にとってはいい獲物だった。かつて翡翠のように光り輝いていたであろう濁った瞳が数年間の散々な記憶を物語っていた。憎きどら息子共は今も己がどれほど下等であるか知りもせず、何マイルも離れた場所で愉快に下劣な道楽をやっているのだ__ジュードはそう思うと吐き気がした。彼らのことを思案するほど無益なことはない。
大掃除の支度を始めたメイドたちをよそに、青年は外へ出た。かつてよく遊んだ庭がどのような具合になっているか気になったし、どんな仕事も主人が居ない方がやりやすいに決まっている。
庭は青年の記憶の中よりも鬱蒼としていた。伸びっぱなしの灯心草が脚をかわるがわる撫で付け、服の裾を露で湿らせた。それが彼らにとって再会を喜ぶ涙だと青年は知っていた。
この屋敷は確かに青年の濡れた蝶の翅のように萎れ衰弱した精神を慰めるのにはうってつけのサナトリウムであり、その療治的効果はさっそく現れ始めていた。
青白い頬にも赤みがさしはじめていた。草木たちは自分が戻ることを知っていて、ずっと待っていてくれたのだ。彼らに一度目の別れを告げたあの日、植物たちは僕がいつか都会で傷つき、この場所へ帰ることを知っていた__だから優しく憐れむのだ。彼らこそ、僕の本当の友人であった。大きな少年の純朴な考えを否定する意地の悪い人間はどこにもいなかった。
ジュードは自分の内側に生命力と若返りが湧き上がるのを感じていた。空想と植物と小さな友人を愛し、青い希望に満ちていたあの頃の自分を!__次の瞬間には、そのすばらしい少年がとても臆病者であったことを、その身をもって思い出すことになるのだが。
茂みから突然飛び出した背の低い影に、青年は驚きのあまり声も出せなかった。一人の少女が碧い目を見開いて、自分を凝視した。少女は視界の奥に聳える屋敷を一瞥し、目の前の男がその関係者であることを悟ったが、長い間手付かずの庭も書面上はタウンゼント一族のものであり、たった今無意識的な仕草で舐りとったマルベリーが長年習慣的に行ってきた盗みの証明となっていることまでは考えが及ばなかった。
「このうちにはもう誰も住まないんだと思ってたけど」
青年は雷に打たれたようなショックで硬直していた。少女の舌が指先を染める赤色の汁をきれいに舐めとるのを終わりまで見届けてなお言葉を発せずにいた。
少女はその視線を気にせず、指先をすっかり綺麗にしてしまってから声を上げた。
「あんた誰?」