Ⅱ.桑を喰む少女
青年は少女を恐ろしく思った。
自分がいつまでも黙っているのを嘲り罵るのではないかと、根拠のない偏見が湧きあがったからだった。しかし非流暢な言葉を交わすうちに、少女がはじめの印象と異なり素直で気っ風の良い性格をしているらしいことがわかり、大いに自省しなければならなくなった。偏見がいかに愚かで残忍かということは自分自身がよく知っていた。
少女は自身の小さな足が乗った土地と自分たちを取り囲む草木が全てタウンゼント家の財産であることを知ると、すぐに不法行為を認めた。ただしスコーンにクロテッドクリームを塗るみたいに、彼女なりの見解を添えて。
「それは悪かったと思うけど、誰かこれを食べてやらなきゃみんな腐ってたんじゃない?それか、あの柵を早いところ直しておけば良かったね。誰でも入れるようになってるから」
少女は後方の壊れた柵を指しながら肩をすくめて言った。青年は数年前のひどい嵐を思い出した。空を覆った厚い雲のおかげで一日中暗く、窓を叩く雨音の散弾と風の音がうるさくて仕方ない日だった。夜が明けて外へ出てみれば、そこかしこに看板やら木片の礫死体が転がっていて、トチノキの折れた枝から滴る涙が朝日を内包し、人々を嘲ってキラキラと輝いていた__心のどこかで徹底的な破滅を望みながら過ごしていた寄宿学生の頃の自分は、その光景を尊く思った。自分ですら気にしていなかったのに、身内に古い家の受けた被害を案ずる者は居なかっただろう。
「…それじゃあ、あなたにはお礼をしなくちゃいけませんね。長いあいだ摘果をお願いしてしまったみたいですから。火曜の午後には空いていますか?」こんなことはまるで自分らしくないことだと、青年ははっきり自認していた。少女はの眉根には訝しむように皺が寄った。空気の流れが滞留するのを防ぎたかった青年の口が勝手に「ただし、きちんと正面玄関から」と続けた。
「近所づきあいって大人同士がやることじゃない?子供を招くなんて変なの」
「僕は大人と付き合うのが得意じゃないんです。誰だって、僕なんかとはむやみに話そうとしません」
「私も大人は好きじゃない。お腹いっぱいにしてくれないし」
今度は青年が顔を顰める番だった。「食事を与えてもらえないんですか?」
「くれないわけじゃないけど、常識的な量じゃ全然だめ。もう食べられないと思ったことって一度もない」
ジュードは己の魂が少女を見たときの衝撃に世界の外側まで弾き出され、そのまま空気の層を浮遊し続けているイメージを浮かべた。どういうわけか、出会ったばかりのこの少女を喜ばせることこそが人生の使命のように感じられた。ひたすら奇怪な心持ちと自分の姿をした傀儡を操っているかのような離人感に苛まれながら、取り繕って続けた。
「それが聞けてよかった。あなたをどうもてなすべきかわかりました」
「言っておくけど、私はおしゃべり女じゃないし、お上品な妖精専用のケーキや紅茶じゃなんの足しにもならないよ」
「もちろん、きちんとした食事を用意します。あなたがもう食べられないと思うくらいの」
少女の瞼がぴくりと痙攣し、その薄い肉にくるまれた眼球には小さな光が宿った。若い主人が庭の畦道にぼうっと突っ立っているのをメイドが発見したのは、少女が立ち去ってからかなり時間が経った後のことだった。