IV.ジャンの失墜
ナタリアと一緒にいるようになってからは以前よりずっと早い感覚で季節が過ぎていった。たった数ヶ月の間で、俺は悪影響を受けたに違いない。今や俺はナタリアを呪わんばかりだった。しかしほんとうに怨情を向けるべきは彼女ではないことも、はっきりわかっていた__ジャン、なんだってあんなくだらないこと言ったんだ?
悪いのはバヤールだ。あんなものの言い方をされて、躍起にならない方がおかしいのだ。
俺を疎外し始めたのはバヤールだけではない。俺が村一番の嫌われ者と連むようになったのを、連中はすぐに嗅ぎつけた。俺はだんだん白い目で見られるようになっていたが、奴らと居るより彼女と遊んだ方が愉快だと感じ始めていたので、学校でも彼女ばかり構うようになった。(女の子たちはとくに敵愾心を剥き出しにしたが、その理由は知る由もない)
バヤールはその小さな頭の中で懸命に繰り広げたであろう妄想を、なるべく直接的には聞こえないように、しかし悪意を隠そうともせず俺に語ってみせた。俺が面白い返事をいっさいしないとわかればつまらなそうに撤退していった。
奴は次に、他のみんなの方を向いて何か思い出したように跳ねあがり、わざとらしく__実際はそれほどでもないくせに__重たそうに、背嚢から猟銃を取り出した。斯くして、バヤールはいきなり男子の中で英雄になった。
俺ははじめに俺と彼女についてあれこれ勝手なことを言われたおかげで、バヤールの語る言葉全てに腹が立っていた。狩猟の季節には親父と森へ繰り出し、こいつでアカシカの一頭でも射止めてみせると宣っているのを耳にしたとき、苛立ちは最高潮に達したのだ。
「ジャン、そんなとこに居られると、うっかり大雨浴びせちゃうわよ。」
逆さまのナタリアが、真鍮のじょうろを傾かせながら俺を見下ろしていた。互いのうちのちょうど真ん中を隔ててる塀の下で唸っていたのだから、見つかっても不思議じゃなかった。
「ずぶ濡れで文句ないなら退いてもらわなくたっていいけど。だってなんだか、もう降られた後みたいに陰気だわ」
「ナタリア…ああ、そうだ、お前になら言ったっていいや」
彼女は自分がこれからちょっとした物語を聞かされなければいけないらしいことがわかると、少し待つようにいって畑の隅の木からプラムを捥いできた。実の一つを俺に放り投げてから軽やかに塀を越え、スカートの裾を巻き取りながらしゃがみ込む。みずみずしい脂肪のような果肉をひと齧りであらわにさせながら、一つ目がぐりっと動いて俺にいっさいのことを話すよう促した。
俺はあろうことか女の子にあらいざらい吐き出すくらいには、自分の取り付けた愚にもつかない約束事に参っていたのだ。そうして"自分ならナイフ一本で大鹿を仕留めてみせる"などという宣言がいっさい実効性を持たぬことを知るものが、俺以外にたった一人この世界に存在することとなった。
「__じゃあつまり、嘘つくことにしたのね、ジャン」
俺は狼狽して、「いや」と言ってから、「いや」ではないかもしれない、と思い、それ以上の否定をやめた。ナタリアの瞳が輝いた。
「鹿なんかよりもっとすごい獲物にしちゃえば?狼とか、ジェヴォーダンの獣ふたたびくらい!」
「それはやりすぎだよ。大げさにしても、俺が嘘つきだってばれやすくなるだけだ」
その片目に張った露には、俺のみじめな姿などではなく、煌めく別世界でも映っているかのようだった。
「あら、じゃあその嘘をすっかり信じ込ませたいわけね。あんたって我儘だわ」
「なんとでも言えよ。ウソつきのお姫様になんかいい考えはないわけ?」
結果として俺は彼女の立てた杜撰な計画を遂行するに至った。いくら思案しようと他に案は浮かばず、諦念を抱いた末の判断であった。「ナイフにちょびっと血を塗って」、鹿は「約束通り仕留めたけど、盗まれた」と。
__バヤールを騙せたかって?ナイフの血を見て、一度は本当だと思ったらしい。俺がその自分より大きな動物とどのように格闘したかという口八丁にどんどんのめり込み、その目はみるみる見開かれ、疑心を感心が押し潰そうとしていた。
そこへひょっこり出てきたナタリアが「私も盗まれるところを見たわ」だなんて言わなきゃ、可能性はあったかもしれない。村の子どもの掟をバヤールは忘れていなかった。それなりの傷を伴った欺瞞は、散々な結果に終わったというわけだ。然なきだに落ち目であった俺の評判がどうなったかは言うまでもない。
しかし、彼女に着いて来るなと言っておけばなどという嗟嘆は不思議としていなかった。
そんなことより、それまでに知り得なかった愉快さと奇妙な達成感を味わうことにいっぱいで、バヤールや連中のことなどどうだって良くなってしまった。バヤールが肩を怒らせながらいってしまったあと、俺とナタリアは堪えていたわけでもないのに吹き出し、その発作はしばらく止まることがなかった。
「見た?あの間抜けな顔、ほんと傑作ね!」