II.デージーの冠
ナタリアが迎合になんの魅力も感じていないことなど誰もがわかっていた。また彼女の性質はあらゆる女の子とも違っているとされていた__当然悪い意味で。
この村の女の子には必ずみとめられる、花や自然や動物を愛する心、年の近い友だちとは仲良くしようという寛厚の心、クレープやベニェなど甘いものを好む心__そういったものがナタリアには全くないのだということで、子どもたちの意見は一致していた。特に女の子の賛同は激しかったし、俺もその通りだと思っていた。ナタリアが俺に毎朝挨拶するわけは、いい加減覚えの悪い小さな子ばかり騙すのに飽きてきたから、ちょうどよくそこに居るお隣さんの信頼を得直しそしてまた欺き裏切ってやろうとか、そういう算段だろう。いくら女の子とはいえ騙されてやるわけがない。
しかし夏が完全に来る前に、皆が懸命に編み上げた意見のうちひとつは不成立となった。その日の俺は急いでいた。釣りをしようということになり、各々が道具を取りに戻ってジュネ川の穴場に集合することになっていたのだ。俺はわざわざ舗装された正規の道を行くような男ではなかった。近道の小径へ入り込みしばらく進んでいくと、低いところで大きなリボンと亜麻色の髪が揺れたのを見つけた。
ひなぎくの束を片手に持ったナタリアが、もう片方の人差し指に芋虫を渡らせていた。俺は一度歩みを止めたけど、いつまでもそうしているわけにいかなかった。
「お前、何してるんだ?」
ナタリアは驚かずただゆっくり振り返ってから俺をじろっと見た。花畑の蝶のような飽きやすさで、次の瞬間には視線は元の向きへ戻っていた。
「私が何かしてちゃいけない?」
俺は咄嗟の問いかけに少なからず、彼女がこんなところにいるのはおかしいというきわめて個人的な見解を含めたことを認めていた。
「いや、そうは言ってない。いつもとっととうちへ帰るから、外でなんか遊ばないだろうと思ったんだよ」
「会わないようにしてるのよ。いつも大声で行き先を話してくれるでしょ。あんた達は私のこと疥癬にかかった犬みたいに嫌うもんね」
ナタリアはそうよねえ、と禿げた生き物に同意を求めてから、いつまで居るんだとでも言いたげな視線を俺に向けた。
「それ、どうする気?左手に持ってるほう」
「どうもしないわ。綺麗でしょ?」
「綺麗だって?これは驚いた!お前にもそういうことがわかるんだな」
彼女の眉根に不愉快そうに皺がよった。だというのに、器量は損なわれていなかった。
「なぜわからないことにされていたのか不思議だわ。教えてくれなくていいけど。それより、急いでたんじゃない?お行きなさいよ、お仲間のとこへ。私が退かなきゃ通れないなんてことないでしょ」
嫌味っぽく言いながらもナタリアは、屈んだまま地面へ引きずっていた服の裾を膝のあいだへ引き込んで、背面の通行における障壁をなくした。
それは「嘘吐きナタリア」にはあり得ない親切心であると俺は思ったし、同時にあんなに愉快だと思われた午後の釣りがすっかり魅力を失っていることに気付いた。
そしてほとんど無意識のうちに、彼女の"花がらみのお行儀の良い催し"への参加要請を口にしていたのだ。
あの日をきっかけに、以降の日常に大きな変化がもたらされたのは揺らぐことのない事実である。奇跡的な午後はまたひとつ彼女の見解を覆した。脂の火曜日について話したとき、彼女にも"クレープやベニェなど甘いものを好む心"が備わっているらしいことが判明したのだ。
確かにナタリアは普通の女の子とは違う性質を持っていたが、俺は彼女をみんなが言うほど悪徳のある女の子ではないと思い始めていた。
「騙すのって楽しいでしょう」彼女はヤグルマギクとひなぎくを一緒くたにしながら茎を半分のところで千切り、それを遠くへ放っていった。
「はなから信じないんじゃ、つまらないわ。みんなマルセルくらい覚えが悪くなればいいのに__ううん、それも、ちょっと違うのよね。賢いひとが騙されているほうが愉快よ。けどみんな、私にいちど騙されたのをいつまでも恨むものね」
「そりゃ嘘をつかれた方はだいたい覚えてるものさ。ただでさえひどい評判だってのに、お前、自分を気に入らないやつの物を壊すだろ。それが余計に印象を悪くさせてるんだ。寄り付かれなくもなるよ」
「腹が立ったんだから仕方ないでしょ?」
ふとナタリアは、手の内でせっせと行われていた仕事から視線を外し、俺を見て首を傾げた。
「ジャン、どうして週の半分も私といることにしたの?」
どきりと心臓が締め付けられる思いだった。それについては、俺が一番説明を求めていた。俺の内側に、彼女を一人にしまいとする曰く言い難い感情が発露していた。目が泳ぎ、汗が背をすべって、自分が動揺しているのがわかった。数秒のうちに魂は五里霧中をさまよい、途方に暮れかけたが、幸いなことに俺はこの手の問いかけについてすばらしい切り返しを知っていた。
「そんなら俺も聞くけど、なんで俺に毎朝挨拶したんだ?俺だって例のお仲間だろ?」
「お隣に挨拶するのに理由なんてないわよ」
「いいや、あるね。学校じゃ誰にも__俺の次にご近所じゃリュシーにもしないのに、俺にはした」
「だってあの子とくべつ私が気に入らないみたいだもの。騙したことあったかしら?忘れちゃったわ」
「じゃあ俺はリュシーと違うって?」
ナタリアは急に笑い出した。「あんた気持ち悪いこと言うのね!そうね、違うと思ったのかな?ジャンは返事をくれるもの」
普段なら度外視できないような罵倒もまったく気にならず、思わず半分身を乗り出した俺の目の前に、グシャグシャに絡まった花の死体の塊が突き出される。
「さあ、そんなことどうだっていいから、この前みたいにやってよ。こんがらがって今すぐ引きちぎりたくなってくるわ!」