Ⅵ.競売
天鵞絨のカーテンが陽光をやわらかく拒み、一筋のひかりの道の上を、舞い上がった埃が煌めきと踊る。空色のリボンで二つに束ねられたブロンドが机に広がっていた。
アリスは長い睫毛にふれる前髪をうっとおしく思いながら、青年が次に言葉を発するのを待っていた。青年はうら若き乙女の呼吸といっしょに上下する肋骨の下のくぼみからさっと目を背けながらいった。
「もう楽にしてください」
美しき被写体は返事をせず、足先で青年の肩を撫でつけた。彼が面食らったのを見ると、ひとつも口角を上げずに笑った。ジュードは脳みそがぐらつくのを感じながら、出来る限り軽蔑を込めた面持ちをした。
「言っておきますが、君のその格好や行いは、まったくふさわしくないものだ」
「突っ立ってるだけじゃ画がつまらないだとかいったのはあんたでしょ」
「変化をつけるのは悪いことじゃない。僕が言いたいのは君はもっと自然にしているほうがいいということと、創意工夫というのは、はしたなくすることではないということです」
ジュードは針の筵に座る思いだった。アリスの生んだ探るような間が彼の厳しい声からなけなしの威厳を奪ってしまった。
「あんたってすごくわかりやすいよ」
「心外だ。君に、いいや誰にだって、僕のことはわからない」
「自分で気付いていないなら教えたげるけど、あんたが私を見る目って__たまに、最高にお腹の減ったときの私に似るときがあるんだ」
アリスは顎をほんのすこし持ち上げて、勝ち誇ったようにいった。
「全部脱ごうか?」
ジュードは気が遠くなりかけた。青年の精神の引き出しに生白い手が突っ込まれ、片付いていた中身を無茶苦茶に掻き回していた。体じゅうに取り付けた枷が錆び落ちていくような、雛鳥がからだに張り付くからをふるい落としながら孵るような__即時的に、自分にのしかかっていたたまらなく邪魔なものが打ち砕かれていくのがわかった。自分がそれを望まなかったことも。次に出た声は震えていた。
「君は__、君の言い分はわかりかねる」
「あんたの望んでるとおりの私が一番自然だと思っただけ。それで、あんたがそうしてほしいなら、私は条件次第でそうしてやらなくもないってこと」
「僕が望んでるなんて言うのはやめろ。君の勝手な妄想を聞かせないでくれ」
アリスは上半身を起こしながら青年の胸を強く蹴った。彼はまともにふらつき、床へ尻もちをついた。狼狽しながら見上げた書き物机は、炯眼をひからせて不埒な競売を企む女王のための玉座に早変わりした。
「__ソックスは足一本につき、パヴロワひとつ。ラズベリーのじゃなくてもいい。エプロンはメルバ、シュミーズはジャム・ローリー・ポーリー」
青年が言葉を発せず、身動きもせず、アリスから視線も外せないでいることが、少女の心証がけして妄想などではなかったことを証明していた。しまいにアリスはスカートの裾を腹まで引き上げ、その内側と外界を隔てる薄いリネンの膜に指を添わせた。
「これはどうしようかな。プラムケーキで手を打つよ」
青年は証言台の囚人のように何もできずにいたが、青白い肌はいやな汗を纏い、心臓は早鐘を打っていた。そして今までにないほど冷徹に物事を考えるようになっていた。
たった十四の浅薄な小娘に誇りと自尊心を傷つけられたことに激しい義憤を感じていた。世間が自分を侮ったように、少女も自分を侮っているのではないかと疑い、その疑心によってみるみる敵愾心が育っていくのを感じた。万力で頭を締め付けられるような頭痛がした。
「君は今まで僕をなんだと思っていたんだ。色情狂の給餌係か?」
「友だちでしょ?」
__無茶苦茶だ。これが友情なものか。
拒絶するのだ。この躾のなっていないじゃじゃ馬の頬を殴らなくては。自分は大人で彼女は子どもだ。不道徳な行いには相応の折檻が必要だった。しかし、できるはずがなかった。ジュードは胃から迫り上がる熱い液を抑えこみながら腹這いに崩れた。
「どうするの?」
脳が指令する警鐘に身体が反抗し__己の口から発される言葉が、まったく自分の意図しないものとなって__そのような奇怪な現象が人体に起こりうることを、青年は久しく思い出した。