Ⅳ.等価交換
アリスは立派な両階段を上りながら、使用人の視線がちらちらと自分へ向いているのを感じた。_なぜあの食卓に彼らはいなかったのだろう?裕福な家の食卓は必ず使用人が控えていて、世話を焼く隙を狙っているものだと思っていた。
無論彼らはそのつもりでいたが、ジュードが客人と二人きりで食事をさせてほしいといったので、そうならなかったのだ。なんとも違和感のある訪問だった。そしてその違和感は、客人が妙齢の少女であったことが使用人の間で急速に伝播されたことでより強くなった。主人と少女が階上へ行き、扉の閉まる音が響く。
最初に声を出したのは一番若いメイドだった。
「旦那様はどうしてしまったの?」隙を与えず、厳しい声が飛んだ。「次にそんな口をきいたら食事を抜きますよ」
「だって、そりゃあいくらか大人びた感じでしたけど、あの子は子供でしょう?そう思いませんか?」
「お前との無駄話なんてたくさんです。早く仕事に戻るように」
メイド頭はジュードの新たな交友関係について、詮索などの陰険な真似は決してしまいと思った。それはタウンゼント家に長く仕える彼女の誇りであったが、友人に恵まれなかった三番目の息子にとってこの滞在が少しでも楽しい思い出になるならば、どんな人間と付き合おうと構わない_第二の母親としてはそう考えていた。
「見せたいものってなんなの?」
少女は連れてこられた部屋を見回しながら、いつまで経っても話を切り出さない青年をせっついて言った。
ジュードはなんとしてもこの少女の興味を惹きたかったし、先程まではそうできる自信があったのだ。しかし部屋に入った途端、その自信がどういうわけかすっかり萎れてしまった。もう黙っているわけにいかなかったので、彼はやっと口を開いた。
「ここへ来るのを決めたとき、父が僕に贈ってくれたものがあるんです。きっとあなたには珍しいものだと思ったので……」
青年はさっと腹を決め、物体を覆う粗布を剥ぎ取った。懸念していた最悪の事態は避けられたので、ほっと胸を撫で下ろした。少女はしっかりと目を見張ってから、物珍しそうに忙しく瞬いたのである。
「これは?」
「写真機です。ここから覗いて映るものをそっくり記録することができます。あなたが望むなら、今使ってみせます」
アリスはすぐに頷かなかった。
「私の望みならさっき叶ったよ。たくさん食事をさせてくれたから、それ以上何かしてもらおうだなんて思わない」
「僕はここへ戻って初めての友人に感謝のしるしとしてそうしてあげたい。__正直に言うと、僕はあなたを撮ってみたい。そうさせてくれるのなら、何度だってご馳走します。今日のように」
部屋の中を彷徨っていた少女の視線は、いきなり青年へ向き直った。
「はじめからそう言えばいいのに。ご馳走をくれるならなんでもされてあげる」
「感謝します。だけど、そういう言い方はあまりしないほうが良いですよ」
アリスは青年の助言を無視しながら空間の四隅まで見渡した。やがて風景画が掛けられた壁の方へ近寄り、カウチへ腰を下ろすと足を組んだ。
「はい、どうぞ。今日の分をね」